国立大学法人 钱柜国际777

本学への寄付

ALS患者における血液脳関門破綻の解明につながる新たなモデルを開発!
~これまでとは全く異なる標的に対する新しい治療法開発への期待~

 

発表のポイント

  • iPS細胞技術を活用して、家族性ALS患者(TARDBP変異1)由来の脳微小血管内皮様細胞を作製し、バリア機能を詳細に検討しました。
  • 家族性ALS患者が有する遺伝的背景が血液脳関門(Blood-brain barrier : BBB2)の異常につながることをヒトのモデルで初めて示し、ALSの進行にBBB破綻が関与する可能性を提示しました。
  • ALSの病態に関する新しい知見として、この脳血管内皮細胞のバリア機能異常が炎症や神経細胞の損傷とは独立して起こっていることを証明しました。
  • バリア機能異常の背景にBBBの発達?維持に重要なWnt/β-カテニンシグナルの低下があることを突き止め、同シグナル経路3の活性化でバリアが修復されることを確認しました。

概要

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)は、運動機能を司る神経細胞が次第に壊れていく難治性の病気ですが、未だ有効な治療法がありません。近年の動物モデルを用いた研究によってその進行には脳を守るバリアである「血液脳関門(Blood-brain barrier : BBB)」の異常が関与していることが分かってきました。今回、钱柜国际777大学院医学系研究科の西原秀昭助教らの研究チームは、慶應義塾大学、東北大学大学院医学系研究科の研究グループとの共同研究で家族性ALS患者由来のiPS細胞を使った新しいヒトBBB実験モデルを確立し、このバリア機能が家族性ALS患者のもつ遺伝的背景から影響を受ける可能性を明らかにしました。
 この研究では、家族性ALS患者からBBBを構成する「脳微小血管内皮細胞(Brain microvascular endothelial cell : BMEC4)」をつくり、バリア機能を詳しく調べた結果、患者由来の細胞ではバリア機能に異常があり、外部からの有害物質が脳に侵入するリスクが高まることが確認されました。さらに、この脳血管内皮細胞のバリア機能異常は炎症や神経細胞の損傷とは独立して起こっており、ALSの病態に関する新しい知見を示すものです。
 また、研究チームは、患者由来BMEC様細胞の異常を修復する方法として、「Wnt/β-カテニンシグナル」を活性化することで、バリア機能が改善されることを示しました。これにより、本モデルがALS患者におけるバリア機能異常に対する治療薬の探索にも有用であることが示され、新たな治療法の開発が進むことが予測されます。
 本研究は、ALSにおけるBMECの役割を解明し、治療に向けた新しいアプローチを示した点で重要な成果です。この研究結果は、Frontiers in Cell and Developmental Biology誌に2024年8月15日付で掲載されました。

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図1A:ALS患者(TARDBP N345K/+)由来のBMEC様細胞と健常者(HC1)由来BMEC様細胞を比較。ALS患者由来の細胞は、VE-cadherin(接着結合構成蛋白)の破綻はないが、claudin-5およびoccludin(タイトジャンクション構成蛋白)の破綻(黄色矢印)が観察された。
図1B:ALS患者由来BMEC様細胞は高い小分子透過性を示す。
蛍光小分子を用いてBMEC様細胞のバリア機能(透過性)を測定。ALS患者(TARDBP N345K/+)由来の細胞は、健常者由来の細胞に比べて蛍光小分子の透過性が有意に高く、タイトジャンクションの破綻が機能的に現れている。

謝辞

 本研究は、上原記念財団、JSPSスイスとの国際共同研究プログラム(グラント番号JPJSJRP20221507)、卓越研究員制度、科研費(グラント番号22K15711)、創発的研究支援事業(グラント番号JPMJFR2269)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生?細胞医療?遺伝子治療実現加速化プログラム(グラント番号JP23bm1423008)、AMED再生?細胞医療?遺伝子治療実現加速化プログラム筋萎縮性側索硬化症における病態回避機構の解明と治療に資する層別化技術開発、再生?細胞医療?遺伝子治療実現加速化プログラム革新的RNA編集技術を用いた筋萎縮性側索硬化症の遺伝子治療開発、脳とこころの研究推進プログラム孤発性筋萎縮性側索硬化症の双方向トランスレーショナル研究による病態介入標的の同定と核酸医薬の開発研究、「ゲノム創薬基盤推進研究事業RNA標的医薬創出に資する、疾患RNA分子完全長一次構造に関するデータ基盤の構築」、難治性疾患実用化研究事業患者レジストリを活用した沖縄型神経原性筋萎縮症のエビデンス創出研究、武田COCKPI-TRファンディング、2022 iPSアカデミアジャパングラント、ライフサイエンス振興財団、加藤記念バイオサイエンス財団、宮田幸比古記念ALS研究財団、武田科学振興財団、JSPS 科研費 JP20H00485, JP21H05278, JP22K07500, JP22K15736の支援を受けました。

論文情報

  • 論文名:Establishment of a novel amyotrophic lateral sclerosis patient (TARDBP N345K/+)-derived brain microvascular endothelial cell model reveals defective Wnt/β-catenin signaling: investigating diffusion barrier dysfunction and immune cell interaction.
  • 掲載誌:Frontiers in Cell and Developmental Biology
  • 著者:Matsuo K et al.
  • 掲載日:2024年8月15日
  • DOI:10.3389/fcell.2024.1357204

用語解説

用語1:TARDBP(TAR DNA binding protein)
 TARDBPは、RNA結合タンパク質であるTDP-43(TAR DNA binding protein 43)をコードする遺伝子で、ALSや前頭側頭型認知症などの神経変性疾患に関連する変異が知られています。TDP-43は細胞の核内に主に存在し、 RNAのスプライシングや輸送などに関与し、その異常が神経細胞の機能不全を引き起こすと考えられています。ALS患者では細胞室内にTDP-43蛋白が異常に蓄積して凝集体を形成していることが知られています。

用語2:血液脳関門(Blood-brain barrier : BBB)
 血液脳関門は、脳の微小血管が有する恒常性維持を司る重要な機能です。外部の有害物質や病原体から脳内の神経細胞を守り、無秩序な免疫細胞の侵入を防ぐと同時に、中枢神経内の細胞に必要な栄養素を積極的に取り込む役割を果たしています。ALSのような神経変性疾患では、このバリアが破壊されることで病気の進行に影響を与えることが明らかになってきています。

用語3:Wnt/β-カテニン経路
 Wnt/β-カテニン経路は、細胞の発達や増殖、分化に関わるシグナル伝達経路で、BBBの発達?維持にも重要であることが知られています。

用語4:脳微小血管内皮細胞(Brain microvascular endothelial cell : BMEC)
 BMECはBBBの主要構成細胞であり、細胞間にタイトジャンクションを形成し、物質の脳内侵入を制限します。また、BMECは脳に必要な栄養素や物質を選択的に輸送する特異的トランスポーターを備えています。さらにICAM-1やVCAM-1といった細胞接着因子を発現し、免疫細胞の脳内侵入を制御しており、BBBの機能維持の中心的な役割を持つ細胞です。

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