新型コロナウイルスワクチン接種後の細胞性免疫反応 –超高齢者や重度のフレイルがある方では細胞性免疫反応が減弱– –ブースター接種による重症化抑制のメカニズムの一端を示唆–?
钱柜国际777医学部呼吸器?健康長寿学講座の角川智之教授(特命)、国立病院機構山口宇部医療钱柜国际777の三村雄輔臨床研究部長らからなる研究グループは、超高齢者や重度のフレイルがある方では新型コロナウイルスワクチン接種後の細胞性免疫反応が若年健常者と比較して減弱していることを示しました。また、ブースター接種により、細胞性免疫の炎症性反応、抗炎症性反応をバランス良く誘導することができ、それにより新型コロナウイルスに感染した際の免疫の過剰反応を抑制することができ、結果として重症化を抑制することができる可能性を示しました。
発表のポイント
- 超高齢者や重度のフレイルがある方では、新型コロナウイルスワクチン接種後の細胞性免疫反応が若年健常者と比較して減弱していました。
- ブースター接種を行うことにより、新型コロナウイルススパイク蛋白質ペプチドで刺激された末梢血単核細胞から抗炎症作用を持つIL-10が分泌されるようになりました。
- ブースター接種を行うことにより、細胞性免疫の炎症性反応、抗炎症性反応をバランス良く誘導することができ、それにより新型コロナウイルスに感染した際の免疫の過剰反応を抑制することができ、結果として重症化を抑制することができる可能性が示唆されました。
- 今後もCOVID-19ワクチンのブースター接種を繰り返す必要があるものと思われますが、本研究結果は、年齢や基礎疾患の状態など、個々人の健康状態に応じて、それぞれ異なるブースター接種戦略が必要となる可能性を示唆しています。
背景
ヒトは加齢とともに免疫機能が低下し、感染症の発症率や重症化率が上昇することが知られています。例えば、加齢は新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)の最も重要な重症化リスク因子のひとつです。また、一般的な肺炎で亡くなる方の97%以上は65歳以上の高齢者です。日本だけでなく世界全体で高齢化が進むなか、高齢者における感染症の予防戦略を構築することは極めて重要な課題です。
細胞性免疫はCOVID-19の重症化予防のために重要な役割を果たしています。しかし、COVID-19ワクチン接種後に、超高齢者や重度のフレイルがある方でも若年健常者と同等の細胞性免疫を樹立できるのか否かは十分に明らかにされていませんでした。
同じ病原体に曝露してもヒトの免疫反応は極めて多様です。例えば、ほとんどの人は新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2: SARS-CoV-2)に感染しても無症状や感冒症状のみで治癒しますが、一部の人は重症化してしまいます。これはSARS-CoV-2に限ったことではなく、さまざまな病原体で同様の現象が観察されています。この免疫反応の多様性(個人差)の原因として、病原体に曝露した際の細胞性免疫反応が個々人で異なるためである可能性があります。しかし、この細胞性免疫反応の多様性(個人差)を生むメカニズムは十分に解明されていません。
COVID-19ワクチン接種によりCOVID-19の重症化を抑制することができることが示されています。COVID-19の重症化には、SARS-CoV-2に対する過剰な免疫反応が起こることが関与していると考えられています。ワクチン接種による重症化抑制のメカニズムとして、免疫の過剰反応を抑制する反応も誘導される可能性がありますが、この点についても十分に解明されていませんでした。
この問題を解決するために、钱柜国际777医学部呼吸器?健康長寿学講座の角川智之教授(特命)、国立病院機構山口宇部医療钱柜国际777の三村雄輔臨床研究部長らからなる研究グループは、高齢者施設入居者や医療従事者を対象に、COVID-19ワクチン接種前後の細胞性免疫反応を約1年間にわたって縦断的に調査しました。
方法
钱柜国际777医学部呼吸器?健康長寿学講座、医療法人和同会防府リハビリテーション病院、钱柜国际777医学部呼吸器?感染症内科学講座、国立病院機構山口宇部医療钱柜国际777からなる研究グループは、高齢者施設入居者57名(年齢中央値89歳)、ADLが自立した外来患者28名(年齢中央値79歳)、医療従事者21名(年齢中央値51歳)の合計106名を対象に、COVID-19ワクチン接種前後の細胞性免疫反応の推移を約1年間にわたって縦断的に調査しました。COVID-19ワクチン初回接種(野生株由来ワクチンの1回目および2回目接種)前、初回接種の24週間後、48週間後に研究参加者の採血を行いました。ワクチン初回接種の48週間後は、野生株由来ワクチンの3回目接種(1回目のブースター接種)の約3ヶ月後に相当しました。研究参加者の末梢血から末梢血単核細胞(PBMC: peripheral blood mononuclear cell)を分離し、凍結保存しました。
細胞性免疫反応は、研究参加者のPBMCをSARS-CoV-2スパイク蛋白質ペプチドで刺激し、PBMCから分泌されたinterferon (IFN)-γ, tumor necrosis factor (TNF), interleukin (IL)-2, IL-4, IL-6, IL-10を測定することにより行いました。本研究は前向き縦断研究としてUMIN Clinical Trials Registryに登録されました。(試験ID:UMIN000043558)
人類のほとんどが免疫を獲得していない新規感染症に対する免疫反応を調査することは、免疫老化のメカニズムを解明するために有効な手段です。本研究は、SARS-CoV-2未感染者を対象として行われました。研究期間中にSARS-CoV-2に感染した参加者は、最終解析から除外されました。
結果
COVID-19ワクチン接種後の細胞性免疫反応には大きな多様性(個人差)が認められました。高齢者施設入居者では、初回接種後のIFN-γ, TNF, IL-2, IL-4, IL-6値が医療従事者と比較して有意に低いことが示されました。野生株由来ワクチンの3回目接種(1回目のブースター接種)後には、高齢者施設入居者におけるIL-2およびIL-6値は医療従事者と同等レベルまで上昇しました。しかし、ブースター接種後でも高齢者施設入居者におけるIFN-γおよびTNF値は医療従事者と比較して有意に低いままでした。
重回帰分析で調べると、初回ワクチン接種後のIFN-γ, TNF, IL-2, IL-6値は年齢と負の相関を示しました。ブースター接種後でも、IFN-γ, TNF, IL-2値は年齢と負の相関を示しました。
本研究では、抗炎症作用を持つとされているIL-10値についても調べました。初回ワクチン接種後には、初回ワクチン接種前と比較してIL-10値の有意な上昇は認められませんでしたが、ブースター接種後では高齢者施設入居者、ADLが自立した外来患者、医療従事者のいずれの群においても、IL-10値が初回ワクチン接種前と比較して有意に上昇していました。
考察
私たちは、免疫反応の多様性を生むメカニズムのひとつとして、免疫の老化に着目し、免疫老化の原因を探索する研究を行っています。人類のほとんどが免疫を獲得していない新規感染症に対するワクチン接種後の免疫反応を調査することは、免疫老化のメカニズムを解明するために有効な手段です。
多くの既存研究は、加齢が免疫の老化の主要な要因であることを示しています。本研究でも、高齢者施設入居者では、細胞性免疫反応が若年健常者と比較して弱いことが示されました。そして、細胞性免疫反応は年齢と負の相関を示しました。これらの結果から、従来のワクチンとは異なるメカニズムで免疫を樹立するmRNAワクチンでも、細胞性免疫反応は加齢とともに減弱することが示唆されました。
液性免疫を調査した私たちの先行研究(Kakugawa T, et al. Immun Ageing 2023; 20: 42.)では、加齢以上に「performance status (PS)不良」や「低アルブミン血症」が液性免疫反応不良と強く相関していました。しかし、この先行研究とほぼ同一参加者を対象とした本研究における細胞性免疫反応は、「PS不良」や「低アルブミン血症」とはあまり関連がありませんでした。これらの結果からは、液性免疫反応(B細胞が関与する)の多様性(個人差)には加齢以外のさまざまな要因が関与するのに対し、細胞性免疫反応(主としてT細胞が関与する)の多様性(個人差)には加齢が主として関与することが示唆されました。しかし、加齢だけで細胞性免疫反応の多様性(個人差)を十分に説明できる訳ではなく、今後の研究で明らかにすべき課題と考えられました。
COVID-19の重症化には、SARS-CoV-2に対する過剰な免疫反応が起こることが関与していると考えられています。実際、重症化したCOVID-19患者さんに対して過剰な免疫反応を抑える治療が有効であることが示されています。本研究では、ブースター接種を行うことにより、スパイク蛋白質ペプチドで刺激されたPBMCから抗炎症作用を持つIL-10が分泌されるようになることを示しました。実社会においても、ブースター接種を行うことにより、COVID-19の重症化を抑制することができたことが複数の研究で明らかにされています。本研究結果からは、ブースター接種を行うことにより、細胞性免疫の炎症性反応、抗炎症性反応をバランス良く誘導することができ、それによりSARS-CoV-2に感染した際の免疫の過剰反応を抑制することができ、結果として重症化を抑制することができる可能性が示唆されました。
今後もCOVID-19ワクチンのブースター接種を繰り返す必要があるものと思われますが、本研究結果は、年齢や基礎疾患の状態など、個々人の健康状態に応じて、それぞれ異なるブースター接種戦略が必要となる可能性を示唆しています。
本研究成果は、2024年6月22日に、国際学術誌「Immunity & Ageing」にオンライン掲載されました。
研究者情報
- 角川 智之
researchmap
https://researchmap.jp/7000001976
論文情報
- タイトル:Kinetics of pro- and anti-inflammatory spike-specific cellular immune responses in long-term care facility residents after COVID-19 mRNA primary and booster vaccination: a prospective longitudinal study in Japan.
- 著者:Kakugawa T, Mimura Y, Mimura-Kimura Y, Doi K, Ohteru Y, Kakugawa H, Oishi K, Kakugawa M, Hirano T, Matsunaga K.
- 掲載誌:Immunity & Ageing 2024; 21: 41.
- 掲載日:2024年6月22日
- DOI:10.1186/s12979-024-00444-1
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